妃嬪の打診に即答でNO、皇子の怒りを買い、ついには杖刑まで、静けさの裏に積もる緊張が爆発寸前。尚食局と宮廷の狭間で、姚子衿の覚悟と信念が試される波乱の連続。
第17話「心の距離と、重なる沈黙」
連日の葬儀で胡善祥は咳が止まらなかった。薬膳を手にした姚子衿が静かに現れる。胡善祥は声をかけるでもなく、ただ咳の合間に視線を落とす。姚子衿は無理に言葉を探さず、器を置くと「冷めないうちに」とだけ言った。目を合わせないまま、二人の間にあったものが、また静かに動き出す気配がした。
その足で尚食局に戻ることもできたのに、姚子衿は湯麺を包んで朱瞻基のもとへ向かった。春の梅が散る庭を抜けた先で、器を差し出すと、朱瞻基は少し驚いたようにそれを受け取った。うまいと口にしながらも、姚子衿の表情は揺れない。「旬の物には及びませんから」と短く返した言葉に、朱瞻基の笑みがわずかに固まる。彼女の距離が、はっきりとそこにあった。
その夜、姚子衿は妃嬪の話を告げられる。誰が、どのように勧めたかを聞く前に、彼女は「妃嬪になるのは嫌です」と断った。声の調子も顔の色も変えずに。「私はずっと、尚食局の厨師ですから」と言い添えると、それ以上言葉を重ねる者はいなかった。ただ静かに湯気の立つ器のように、意志だけが残った。
朱瞻基との会話はそれきりでは終わらなかった。いつの間にか、誰かを傷つけていると姚子衿は言った。その場にいた者の名前も、傷の深さも告げられなかったが、朱瞻基は黙って立ち尽くすしかなかった。語気を強めることなく、彼女は去っていった。そこには確かに、決裂という言葉がふさわしい沈黙があった。
そのあと、朱瞻基は胡善祥のもとを訪れる。張皇后の言葉があったからだが、何をどうすれば良いのか、彼自身にも分からなかった。胡善祥は、咳をこらえながらも微笑を崩さず応じたが、距離は縮まらなかった。言葉も仕草も穏やかであるほど、かえってその空気の重さが際立つ。静けさの中にある裂け目を、朱瞻基は埋めることができないまま、座を離れた。
\ここがポイント!/
- 宴の最中に起こる想定外の事件が、尚食局に再び疑念の目を向けさせる中で、姚子衿の判断と冷静さが際立つ。
- 緊迫した場面で見せる姚子衿の内面の強さと、彼女に寄り添う朱瞻基のまなざしが心に残る。
第18話「皿の上の静かな対決」
蘇月華が提案した料理を、姚子衿が何も言わず再現して出してきた。図案も盛り付けも、そのままだった。場の誰もが違和感に気づいていたが、蘇月華は笑顔を崩さずにいた。
第1局の料理対決。蘇月華は「モウ川図」を再現するという策を打ち出す。姚子衿の案だったものを、自分の手柄として挑むつもりだった。だが、完成した料理には決定的な欠けがあった。描かれているべき僧侶の姿が、そこにはなかった。
その失敗が結果に響いた。勝敗が下されると、蘇月華の顔色が明らかに変わる。会場の空気は重く、胡善囲は黙って視線を落とした。
朱瞻基はその様子を眺めながらも、姚子衿の方に気を取られていた。言葉を交わす機会はあるのに、彼女の本心は少しも見えない。距離の詰まらない関係に、苛立ちと寂しさが募っていた。
宴の場に出された料理を口にするが、どれも味がしない。箸を止めて、無言のまま皿を戻す。誰かが視線を送ってきても、それに気づいているふりすらしたくなかった。
第2局の準備が始まると、蘇月華が名乗り出る。負けを認めた直後にもかかわらず、自分に次を任せてほしいと言う。胡善囲は少し戸惑いながらも、その目に浮かぶものに気づいた。自信と、不安と、混じり合った決意。
宴の場は、料理以上に人の心を揺さぶっていた。誰が誰を想い、誰が誰を疑っているのか。皿の上にあるものよりも、交わされない言葉の方が意味を持つ。けれどそれを、誰も口に出さなかった。空の器が静かに片付けられていく音だけが、耳に残っていた。
\注目ポイントはこちら!/
- 張太后が動き出すことで、後宮の権力バランスが揺らぎ始める。今後の政局を占う重要な一手となる。
- 距離を感じる姚子衿と朱瞻基のやり取りが、二人の関係の難しさと想いのすれ違いを繊細に描き出している。
第19話「揺らぐ視線と沈黙の訴え」
姚子衿は自らの足で張皇后のもとを訪れた。顔色ひとつ変えずに、衛王が毒を盛られた件に自分は関わっていないと訴えたが、その声は冷たい空気に吸い込まれていった。皇后の視線は揺らがず、静かに下された決定は、彼女の背に重くのしかかった。
重い刑が言い渡されたと知った游一帆は、目を逸らすことができなかった。朱瞻基もまた、動かずにはいられなかった。姚子衿を守らなければと焦るように言葉を交わし、何か方法はないかと探り合うが、宮廷の壁は高く、冷たい。
郭貴妃の顔が浮かぶ。張皇后への怨みを静かに燃やしながら、朱高熾を巻き込む形で計画を進めていた。誰が敵で、誰が味方なのか、その境界線がさらにぼやけていく。
罰は容赦なく執行された。杖刑の音が規則正しく響くたび、姚子衿の身体が震えた。血の気が引いていく中でも、彼女は唇をかみ、言葉を飲み込まなかった。自分の潔白を、尚食局の名誉を、ただ静かに守ろうとしていた。
張皇后は再び彼女の前に立った。潔白を証明せよと迫る声は、命令というより問いかけのようだった。その眼差しの奥に、ほんのわずかな揺らぎが見えた気がして、姚子衿は黙ったまま顔を上げた。呻き声も涙も、そこにはなかった。残ったのは、揺らぐことのない目だけだった。
\この回の見どころ!/
- 外交と内政の揺らぎの中で、朱瞻基の責任の重さと孤独が一層浮き彫りになる。
- 姚子衿が自らの役割と責任を受け止め、確かな成長を遂げていく姿が心を打つ。
第20話「ぶつかる信念とすれ違う想い」
姚子衿は卓に並んだ料理に目をやった。少し箸をつけただけで手を止めた朱瞻基の様子に、眉がわずかに動く。次の瞬間、彼の腕をとらえた。太祖の祖訓を口にしながら、手を緩めない。食を粗末にすれば、それは皇室の威厳をも軽んじることになると。静かな声だったが、言葉に迷いはなかった。
朱瞻基は黙ったままだった。だがその顔には怒りがにじんでいた。部屋を出ていく足音がやけに強く響く。廊下の奥で兄の朱瞻基に呼び止められ、咎められたときには、すでに姚子衿への恨みが心の中で形を持ち始めていた。
それからの朱瞻基は、何かに取り憑かれたように姚子衿の行方を追いはじめた。声を荒げて命じるたび、侍従たちの足が早まる。だがその先に彼女の姿はなかった。
角を曲がったところで、郭貴妃の姿が現れた。朱瞻基の歩みが止まる。目の前にいるのは、ただの女ではない。その一瞬で、場の空気が変わった。追跡の勢いを失った彼は、少しだけ口元を引き結んだまま、視線を下ろした。
その頃、姚子衿は孟紫嫣の言葉通りに動いていた。指定された道を選び、わざと足音を響かせる。追ってくる朱瞻基の気配を背に受けながら、心は冷えていた。母子を再会させるための役割。それだけを考えていた。
目的を果たした後も、胸の中に残るざらつきが消えない。姚子衿は孟紫嫣の言葉を思い返していた。なぜ彼女は、あの郭貴妃に仕えているのか。従うふりをしながら、何か別のものを見ているような眼差しが脳裏に焼きついて離れない。
\見逃せないポイント!/
- 尚食局に再び降りかかる困難を前に、一致団結する女性たちの姿に強さと連帯感が宿る。
- 朱瞻基と姚子衿が、それぞれの立場から未来を見据えて行動を始める決意が描かれ、次なる展開への期待が高まる。
感想
杖刑、決裂、毒の疑い静かに積み重なる沈黙の裏で、信じていたはずの想いがすれ違う。妃嬪の座を拒み、命さえ懸けて立ち向かう姚子衿に、後宮は今、試練の炎を投げつける。
読んでいて、ずっと喉の奥がひりつくようだった。
言葉にしない優しさも、目を逸らさない強さも、どちらも姚子衿という人物の内に確かにあって、それがかえって彼女を孤独にしていく。朱瞻基との距離が縮まらないまま、無言の食卓が何度も描かれるのが切ない。誰もが言葉を飲み込み、感情を内に押し込めているのに、その沈黙が一層深い痛みを伴って響く。
胡善祥の微笑も、孟紫嫣の視線も、すべてが含みを持ちすぎていて、一つひとつに何かが仕掛けられているようで息が詰まる。決定的な言葉はないのに、心が揺れる場面ばかりだった。静かな場面に宿る緊迫感と、余白に込められた怒りや悲しみが、あとからじわじわと効いてくる。次に何かが崩れる予感が、もう静かに始まっている。