「戻れ」と一言で女子を退けた朱瞻基、冊封を前に涙も抵抗も許されぬ姚子衿。静けさに潜む嫉妬と策謀、そして宴を襲う仮面の刺客。まさかの火花が運命の扉をこじ開けていく。
第21話「沈黙の贈り物と静かな圧力」
姚子衿は、絵についた小さな染みを拭き取って、そっと東宮に届けた。何も言わずにそのまま渡し、朱瞻基もそれ以上は聞かなかったが、目を伏せたまま指先が少し揺れていた。
あの絵は彼の書斎の隅に置かれたままで、誰にも見せずにいたものだった。染みに気づかれること自体、望んでいなかったのかもしれない。けれど姚子衿が拭き取って届けてくれたことに、朱瞻基は確かに嬉しさを感じていた。ただ、その気持ちをどう言えばいいのか、言葉が見つからないまま、部屋に戻って扉を閉めた。
その頃、張皇后は妃たちに薬を飲ませていた。朱瞻基に跡継ぎが生まれないことを案じてのことだったが、薬を飲む妃たちの顔色は一様に曇っていた。張皇后はその気配に気づかないふりをして、朱瞻基が好みそうな女子を次々と東宮に遣わせた。
朱瞻基は、彼女たちの足音が廊下を渡るのを耳にしていた。何も問わず、ただ一度、扉を開けて、「戻れ」とだけ言った。そのまま何人もの女子が張皇后のもとに送り返されたが、張皇后は引き下がらなかった。
夜が更けたある日、張皇后は姚子衿を坤寧宮に呼びつけた。夜食を届けるという名目だったが、そこに夜食はなかった。姚子衿は何も言わずに膝をつき、皇后の視線を避けたまま、静かに湯気の立たない膳を前に置いた。張皇后の声は穏やかだったが、そのまなざしに、次の言葉を拒める余地はなかった。
\ここがポイント!/
- 姚子衿が朱瞻基の大切な絵を黙って届ける静かなやりとり
- 張皇后の策略と姚子衿への圧力が強まる
第22話「決意と覚悟」
張皇后は姚子衿を皇太子嬪に封じるよう朱高熾に進言し、朱高熾はそれを認めた。姚子衿と朱瞻基の抗いも及ばず、話は静かに決まっていた。
張皇后の意図を知った姚子衿の兄は、家族の将来を案じるふりをしながら、妹に冊封を受けるよう迫った。だが姚子衿は、兄の言葉の奥にある打算を見抜いていた。どれだけ家族を持ち出されても、彼女は首を縦には振らなかった。
手にはまだ傷が残っていた。指を伸ばすたびに鈍く痛むその感覚に、姚子衿は眉を寄せたまま縫製の作業を続けていた。孟紫雲の助手として宴の準備を進めるなかで、彼女は後遺症の可能性にも覚悟を決めていた。黙って、やりきると決めていた。
胡善囲が仕切る料理班と競うことになり、姚子衿は静かに、しかしはっきりと宣戦を布告した。柔らかな声に宿る芯の強さに、周囲は息を呑んだ。彼女の眼差しには、ただ勝敗ではなく、自分の料理への誇りが宿っていた。
一方、朱瞻基は上元節の宴を前にして、警護を強めるよう命じていた。宴は祝祭であると同時に、いつ敵が入り込むか分からない緊張の場でもあった。彼の眼差しの鋭さに、配下たちは頷いて従った。
冊封を控えた夜、尚食局の厨房に灯りがともっていた。姚子衿と殷紫萍が向かい合い、湯気の立つ麺をすする。音もなく麺を啜りながら、二人の間にだけ流れる静かな時間があった。言葉よりも沈黙が、別れの切なさを濃くしていた。
そして、冊封の日が来た。姚子衿は礼服を身にまとい、乾清宮へと向かった。歩みの一つ一つが新たな運命へと続いていた。儀式の厳かさのなかで、彼女はその場に立つしかなかった。
笑顔はなかった。ただ、受け入れた者だけが持つ静けさがあった。
\注目ポイントはこちら!/
- 姚子衿の冊封が決定し、家族や周囲との関係が変化
- 宴の準備と料理対決に向けた姚子衿の静かな決意
第23話「料理と策謀、襲撃の宴」
姚子衿は、洪熙帝の食欲を取り戻すために厨房に立っていた。選んだのは、太祖皇帝が干ばつの時に口にして感動したという白菜豆腐湯。昔語りに登場するその料理に、彼の心も動くはずだと信じていた。
けれど、実際に彼の心を揺さぶったのは、蟹の橙詰めだった。口にした瞬間、洪熙帝の表情が変わる。思わず箸を止められなくなるその味に、彼は子衿の策略と知りながらも乗ってしまう。計算だとわかっていても、美味に勝てないというのだ。
料理の香りが満ちる中、厨房ではもう一つの火が広がっていた。蘇月華が火を扱っていたとき、誤って火の粉が洪熙帝の衣に飛んだ。瞬く間に火が走り、緊張が走る。その混乱が合図だったかのように、仮面の刺客たちが襲撃してくる。
すぐさま朱瞻基と游一帆が前に出た。刃が交わり、火花が飛び散る。彼らは命をかけて応戦した。游一帆には、ただの忠誠以上の想いがあった。かつて子衿に助けられた恩が、彼の中で今も息づいていたのだ。
その頃、殷紫萍の心にも変化が起きていた。梅少淵に救われたことがあった彼女だが、誤解から距離を置いていた。それが、子衿の一言でふっとほどける。視界が晴れるように、過去の出来事が素直に見えるようになる。
一方で朱瞻基は、別の誤解に苛まれていた。子衿と梅少淵のやりとりに、心がざわつく。嫉妬という感情が、理屈を上回っていた。彼女を想うがゆえの、子供じみた反応を抑えきれなかった。
その子衿にも、誰にも語られなかった過去があった。幼いころから、宮中に嫁ぐために育てられてきた。その人生が、誰かの手で決められていたということ。笑顔の裏に隠された彼女の覚悟が、今になって少しずつ明かされる。
やがて、胡善囲が口を開いた。静かに、しかし重い声で。かつて胡善祥が生まれたとき、瑞兆があったように見せかけたこと。そのすべてが、彼の仕組んだものだったと告白する。それは、長く隠されてきた真実であり、すべてを揺るがす一言でもあった。
\この回の見どころ!/
- 洪熙帝の心を動かす料理とその裏にある姚子衿の狙い
- 宴の最中に起きた襲撃とそれに立ち向かう朱瞻基たち
第24話「嫉妬と決別の兆し」
朱瞻基は、上元節の混乱の中で刺客に襲われた。鋭い刃が肩をかすめたが、母である張皇后には心配をかけたくなくて、そのことを隠すことに。だが、何も知らされていなかった父・朱高熾は、なぜ助けに来なかったのかと誤解し、父子の間に冷たい空気が流れるようになる。
それからしばらくして、昼食を届けにやってきた姚子衿の姿を、朱瞻基はたまたま目にすることに。梅少淵と並んで談笑する様子に、思わず足が止まった。彼女の笑顔が、いつになく自然に見えてしまい、胸の奥に何かが刺さる。その日から、朱瞻基の中に、嫉妬という感情が静かに根を張りはじめた。
張皇后は、静かに決断を進めていた。姚子衿を皇太子妃に抑えるよう、朱高熾に話す。朱瞻基と姚子衿は戸惑いながらも、それぞれに反発の意思を示したが、すでに決定事項として受け取られており、話は止まることなく進められてしまう。
そんな中、朱瞻基を守ろうとして自ら傷を負った游一帆の働きが認められ、皇帝から免死金牌を賜ることに。彼の名前が朝廷内で知られるようになり、立場も変わっていく。
やがて迎えた封妃の前夜、姚子衿は尚食局で殷紫萍と最後の食事をともにする。灯りの下で、普段と変わらぬ料理を分け合いながら、二人は何も言わずに時間を過ごした。別れの言葉は、どちらも口にしなかった。それでも、もう戻れないとわかっていた。
翌朝、姚子衿は礼服に身を包み、乾清宮へ向かう。静まり返った空気の中で儀式が始まると、そのひとつひとつの所作が彼女の新たな役割を浮き彫りにしていく。すべてが変わっていくということを、あらためて感じさせる時間だった。
\見逃せないポイント!/
- 襲撃の混乱の中で命を懸ける游一帆の想い
- 殷紫萍の心に芽生える新たな感情の兆し
感想
言葉よりも沈黙が重く響いた数話だった。姚子衿が見せた静かな優しさと、傷を抱えたままの覚悟が胸に残る。誰にも語られなかった過去と、言えない想いが交差するなか、張皇后の圧力は確実に彼女を追い詰めていく。
朱瞻基の嫉妬や父子のすれ違いが切なく、特に「笑顔を見たくないわけじゃない、でもその笑顔が自分以外に向けられると耐えられない」という感情の揺れに強く共感してしまった。
襲撃の混乱の中、游一帆が命を懸けて守る姿にも熱がこもり、そんな彼の報われなさにも胸が締めつけられる。儀式の最後、言葉のない別れと微かな微笑みに、抗えない運命の重さを見た気がした。
すべてが静かに変わっていく、その予感がずっと心に残る。